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~Travel in Indochine~

インドシナ旅行の現地情報発信局

世界遺産のありかた

私は遺跡マニアなので(笑)、旅行会社をやりながらアジアの遺跡をめぐる人生をおくっています。ですので、遺跡から遺跡から遺跡からまた遺跡という(笑)、ずいぶん変わった人間だなと思うのですが、そんな私から見て世界遺産の方向性というのは本当に合っているんだろうか?と疑問に思うことがあります。

 

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言うまでもなく世界遺産に指定されているすべての建築物は、昔の人が生活や信仰(これもまた生活の一部ですが)のためにつくった建物です。そして、人工物であるためいずれ壊れてしまいます。
つまり、本来壊れてもおかしくないものを、貴重な遺物だから残そうとして修復したり保存管理するわけです。これは何日か観光でまわるだけならそう感じないかもしれませんが、たとえば以前広島の原爆ドームが倒壊の危険性があるからと、支えるための修復工事が行わた際に賛否両論がでました。あれは戦争による破壊の象徴という負の遺産であるためにその矛盾点が表面化したのだと思います。

 

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観光対象である昔の建築物はそれほど議論になることはありませんが、それでもカンボジアのベンメリア遺跡が最近人気があるのは、“修復されておらず自然と同化した遺跡”だという理由です。ということは、観光慣れした人々の中には無意識のうちに「きれいに修復した遺跡の不自然さ」というものを感じているのかもしれません。

一方、私が月の半分を過ごすミャンマー・バガンは、現在に至るまで千年もの間信仰対象であり続ける上座部仏教の聖地です。今年8月に31年ぶりに大きな地震が起こり、仏塔の尖塔部が多数損傷するなど被害が出ましたが、これは実は1000年繰り返されてきたことです。いつの世も信仰対象であったために、壊れたままというわけにいかず、損壊→修復→損壊→修復を延々繰り返してきました。こういった例は信仰が途切れず続いてきたカトリックの遺産、たとえばシスティーナ礼拝堂なども同様です。
ですので面白いことに、バガンではパゴダの中からパゴダが、その中からまた違うパゴダがというマトリョーシカ人形のようなものも存在していますが、それもまた歴史のロマンといったところでしょうか。

 

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地震によって外壁が崩れ、中からバガン初期の仏塔が顔をだしている(2016年8月)

 

要するに遺跡とは、信仰物であるか(あったか)否かでだいぶ違うことになります。当然ですが、私たちが住む家は古くなったら建て替えます。白川郷や大内宿だって、古いものを残そうという思想の前に、昔の人は貧しかったのでそう頻繁に建て替える予算がなかったというべきでしょう。逆に信仰対象である建築物の場合、オリジナルの部分を残しつつ、(なるべく元の形に沿って)その時代時代の文化を取り入れながら修復保存してきています。

ですので仏塔に多くあるストゥーパ(パゴダ)の尖塔部分というのは、よく見ると一度損傷して直した形跡のあるものが多いです。タイ仏教の原点となったスコータイ遺跡のきれいな尖塔も、ほとんどが直した形跡があります。

バガンの世界遺産登録に影響したと言われてるのが、「セメントなどの近代的な建材を使用して修復したため」というものがあります。しかしこれもよく考えてみれば、時代時代であるものを使って修復してきているわけですし、アンコール遺跡などもかつてフランスなどが考古学調査なしに大規模な修復を行っているわけですから、“近代的な”とか言ってしまうとナンセンスに聞こえます。

 

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それからもうひとつ、世界遺産の問題点としては、観光マーケティングとしてブランド化してしまい、観光誘致の道具になり果てている点です。ユネスコの方針なども、地元の人々の生活権の確保(たとえば地価高騰に伴う地元住民の居住区域の代替地)などはやはり後手後手になっていて、政府や自治体目線でしかないなあと感じることが多いです。
ありふれてしまった世界遺産ですが、今後新たな世界遺産を増やすよりは、地元の人達への還元(裨益)を最優先に考えてほしいと思います。人間にとっていま現在生活していく方が大事なのですから。

 

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